古びた壁

古びた壁

脈絡なんてものは知らない

大切なものを大切に/もう一杯が欲しくなる映画「猫は抱くもの」感想

 たまにはいいじゃない、そんなことがあっても。
 息が詰まるような過去も自分を見失いそうな今も、猫みたいにごろごろにゃあって自由を謳歌する一瞬も、そんな積み重ねが今のわたしをつくっている。


 あ〜〜もう一回観たい!お気に入りの喫茶店で啜るコーヒーのような。そんなおかわり待ったなしの映画。猫は抱くもの。観てきました。

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‐STORY‐
 主人公の沙織は元アイドル、今はスーパーのレジ打ちの拗らせアラサー。もう一匹の主人公は自分を人間だと思い込むロシアンブルーの良男。沙織に恋をしている。
 沙織は良男の前だけではいつもありのままだ。良男に語るのは店長の愚痴や気になる人の妄想、日々のできごと。良男は沙織の笑った顔がいちばん好き。
 沙織を取り巻く現実や妄想と、沙織のすべてを受け入れ恋をする良男の、それぞれの物語。

‐CAST‐
大石沙織:沢尻エリカ
良男:吉沢亮
ゴッホ(後藤保):峯田和伸
キイロ:コムアイ水曜日のカンパネラ
ほか(敬称略)

 ふらりと観に行った映画でした。いい映画すぎたのでレビューがんばります。いつもどおり、ネタバレは配慮していません。

いつかまた、もう一杯

 もう一回観たい、という予期せぬ気持ちがこの映画に対するわたしの感想のすべて。映画を複数回観る時はあらかじめそのつもりだったことしかなくて、一回だけでいいやと思っていたのにもう一回観たい…と思うのは初めてのことでびっくりしています。今すぐじゃなくていい。疲れた時に観たいな。かなり心休まる映画です。ただの癒し映画ではなく、ちゃんとゆっくりと考える余裕を自然と与えてくれます。がちがちに固まってしまっていた心をほぐしてくれる、というのかな。
 妄想も現実も肯定されるような。そのはざまでふわふわ揺られるのが心地よいような。
 世界観としては、猫の妄想と人間の妄想と現実とがリアルな劇場の舞台上を中心に絶妙に、そして曖昧に行き交っているようだと感じました。ファンタジーなんだけれど、現実という現実も描かれていて、くせになる。
 舞台的な演出が特徴的でした。実際の劇場の舞台の上にスーパーやカラオケ店のロビー、沙織が良男をこっそり飼っている倉庫などのセットが組まれていて、舞台上で物語が進行する。もちろん現実の世界を映している場面も多くある。それが現実なのか否か曖昧な世界観をつくっているようにも思います。一人二役以上しているキャストさんも多くて、それも舞台っぽいな〜って思いました。
 やりたいことをやればいい、とか、今はうまくいかなくても…とか、そういうことを考えさせようとしているのだろうとは分かります。でもね、就活生にはぐさっと刺さりますね。だって、うまくいってほしいに決まってるじゃん!!って。そのあたりは半ばプンプンしながら観ていましたが、それが伝えたいことではないのは分かっています。就活生だからこそこの映画を観てよかったなあと思うのが事実です。
 お気に入りの喫茶店で啜る大好きなコーヒー。イライラした時に気分を落ち着けるために聴く音楽。ふと思い立って出かける美術館。日常の中でそんな位置づけにくる映画でした。

猫の映画

 猫は抱くもの、というタイトルの通り猫映画なんですが、どうしてわたしがこんなに心安らいでいるかというと"猫映画だから"なんですよね。気ままで自由な猫は、わたしたち人間とはまるで違ういきものだから、その姿に癒やされる。おまえは気ままでいいねえ、なんて人間相手のセリフだったら嫌味そのものじゃないですか。わたしたちとは違ういきものだから、呆れながら癒やされながら吐ける言葉だと思うんです。猫だから。
 そう、猫だから、いいんだなあ。猫はどんな時も飼い主が大好きで、飼い主の笑った顔が大好きで、寄り添ってくれる。でも人間は勝手だよね。都合のいい時だけ猫を抱きしめちゃう。それでも猫はわたしたちにすり寄ってくれる。きっと猫に限った話ではなくて、大切なものを大切にしなきゃなあ。
 それから、猫は現実の中の妄想なのかな、ともこの映画に対して思いました。沙織が現実と妄想を区別する中で、良男の存在は現実において現実から逃れられる癒やし。妄想の権化のようだとも言える。それに沙織の現実も妄想も知っている。
 無責任に猫が飼いたくなることはなく、きちんと現実の中にも妄想を見出したり大切なものを大切にしたり、そういうあたたかさを探してみようと思える。そういう意味でほんとうにいい映画でした。ああでも無条件に癒やしをくれる存在はほしいなあ、なんて。

猫は人間に恋をする

 ゴトウタモツ=後藤保と書くからゴッホ。売れない画家。描く絵を彩るのは黄色だけ。住む家の壁も黄色。拾った猫につけた名前もキイロ。
 どこか孤独で世界がぜんぶ黄色に見えていて、そんな彼が沙織と出会って沙織の苦しみに触れて、沙織を知って、世界に色を見出すことで鮮やかな絵の具を使って沙織のヌードを描く様はとても分かりやすくて好きでした。
 ゴッホもまた沙織と同じように人生に戸惑っていて、キイロを抱きしめていた。沙織と良男、ゴッホとキイロ。とても似た一人と一匹です。似た者同士の沙織とゴッホだからふと惹かれ合ったのかもしれないし、良男とキイロもお互いにまったく干渉はしないけれどきっと仲良くなるべき二匹だったから一緒に行動したのかもしれない。良男とキイロが、二人きりの時間を過ごす沙織とゴッホを目撃して、自分たちが猫である現実を突きつけられるのはほんのり悲しかったです。だって恋しちゃってたんだもんね。孤独な人間が猫を抱いて癒やしを求めれば、猫はその人間を好きになっちゃうに決まってるよ。運命だなあ。

人生は運命の繰り返しだ

 …とか盛大なことをこの映画を観て思いました。なんたって、沙織とゴッホがそうです。あの二人の出会いはあまりにも奇跡的で運命としか言いようがない。映画みたいな恋なんて結局運命の風でも吹かなきゃできないやんけ!!ってやっぱり半ばプンプンしながら観ていました。
 劇中で良男がよく"そんなどうでもいいことの積み重ね"が沙織と自分を出会わせてくれた、と言います。たまたまあの日にこうしていたから、今こうしている。それって運命だよね。人生のすべてが運命に思えてきます。自分に影響を与える様々な人、ものとの出会いは運命が巻き起こす。というか運命にも大小があって、日常を構成するもの(進学先や就職先、出会った友人達など)はきっとちっぽけな運命で、心を揺さぶる出来事や人というのは大きな運命だと思います。沙織と良男の出会いはちっぽけな運命で、沙織とゴッホの出会いは大きな運命。うーん、どっちも大切にしなきゃね。ああでも大きな運命は人生にとって刺激的なんだろうな~~わたしも大きな運命が降ってこないかな~~というのが本音です。

キャストのこと

 沢尻エリカさんは永遠にかわいいな……と数年ぶりにしっかり見て思いました。いつまでたっても画面の向こうでキラキラしているんだろうなあ。スーパーのレジ打ちという素朴な格好も似合うな、と思いながらも元アイドルという設定に説得力がありすぎる。これがオーラ…みたいな。ほとんどお目にかからない方なんですが、これが女優……としみじみ思わされました。
 そして今作を観るきっかけだった吉沢亮さん。ロシアンブルーの良男。猫役でにゃんにゃんしているのかと思ったら、とてもオス猫でした。寄りカメラになると、男だ……って当たり前のことを思ってしまう。それにしても、とても猫です。わたしは吉沢さんの顔が好きであると同じぐらい俳優としてもとても好きなんです。いつ何を見ても役そのもので、画面の向こうにいるのは吉沢亮ではないんですよ。まったくもって。いや、ビジュアルはそうなんですが。今回で言えばどこからどう見てもロシアンブルーの良男でした。
 柿澤勇人さんが出演されるのは観に行く直前くらいに知りました。しかも二役!クセの強そうな二役!分かる!似合う!なんというか、とても分かりみが深い。この最低な男感とか劇中での位置づけとか。分かりみが深い。その一言です。こういうところ好きだな、と思いました。
 劇中で突然歌が挟まるミュージカル要素があったのにカッキーさんが歌わないのはよく分からなかったです。そういう役どころではあるんだけれども。そこはちょっとおもしろかった。
 そしてずっと言っているんですが、コムアイが超人的にかわいい。かわいい。ちょっと予習のために水曜日のカンパネラのMVを見たらまんまとハマりました。まさかの出会いです。
 コムアイさん演じるキイロが最後にカメラに向かって語りかけるシーンがあったり自分を人間だと思いこむ良男の話を「もっと聞かせて」と言ったり、キイロは実は観客に一番近い存在なのかなあ、とか思いました。むしろコムアイになりたい(最近いつも思ってる)


 現実と妄想のはざまがあやふやでなんやかんやファンタジーなこの映画の世界に観客をするりと溶け込ませてくれていたのはキイロだったのかな。このインタビューを見てますますそう思いました。



 猫は抱くもの、出会えてよかった。ほんとうに素敵な映画でした。こういうのが、人生に必要なんだろうな。まだ20年と少ししか生きてないけれどそんな盛大なことを思っちゃうな。でっかくてちっぽけで、でもひとつひとつが大切で。今観ることができてよかった。ただの猫映画と思って観に行ったら、心にぐさっと優しさいっぱいのナイフが刺さります。人間だもの、苦しいことって少なからずある。だから全人類に観てほしい。きっと何かを感じるかもしれません。

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 あ~こういう楽曲に囲まれて育った!と20代女性が思う曲。脳内再生が止まらない。