壺の中の泉

きらめきたい

運命の追体験/MANKAI STAGE『A3!』~AUTUMN&WINTER2019~

たのしかった~~~~!!!超たのしかった!!!
山口公演と、滑り込みでライビュに行ってきました。

www.mankai-stage.jp
エーステ秋冬!!

また"出会えた"って思います。こんなにも気持ちをハイにさせてくれる作品に。
とても健康的になれる作品です。

今回はどちらかというと原作ファンの立場でした。
舞台が好きなのに、ここ数年は3次元のオタクだったのに、不思議ですね。原作に思い入れがあると、3次元には積極的に触れようとはしなくなった。*1推しの3次元化には(主にSNSに対して)理想とこだわりがあったから、最初から一歩引いていようと思った。春夏はゲネ動画すら見ていない。
今回、たまたま日帰りで行ける距離で公演があって、たまたまチケットが手に入ったから、観に行った。


め~~~っっちゃたのしかった!!!何もかもが最高で、心が震え、満たされ、とにかくハッピー!

食わず嫌いはよくないって分かっているんですが。おもしろいと分かっていてもなかなか触れないのも自分の悪癖だと分かっているんですが。
でも、こういうのはやっぱり運命ですね。
いろんなタイミングとか偶然とかそういうものが重なって。

そう、運命!!!しあわせ!!!!

以下、ネタバレしかない感想です。
万里推しなので、ほぼ秋組と万里について書いています。例のごとく長い。

『A3!』が舞台化するということ

リリース当時から舞台化したらおもしろそうだと思っていたし、するだろうと思っていたこのコンテンツ。
演劇をテーマにした作品を演劇にするということは、作り手側にとっても特別な思いがあるだろうなあって勝手に感じています。
だから、パンフや各インタビューでエーステに関わる人達のA3!に対する思いを聞くのが楽しかった。どうしてか分からないけれど、うれしくなった。

エーステ、とても深い作品です。

秋組

秋組といえば、ポートレイト。
原作では声優の見せ場とされているポートレイトですが、実際は舞台の上で行われています。それがほんとうに舞台上で行われることになる。A3!の舞台化は必然的で特殊ですが、ポートレイトはその醍醐味の一つだと思います。
ストーリー(ポートレイトではない部分)と交錯するような演出で、ポートレイトで述べられる言葉が個々の独立した「本心」「心の中にあるもの」であることを強調している。誰かに伝えるために紡がれたものではないそれをポートレイトとして自分の外に出すということは、まさに「自分をさらけ出す」ということそのもの。
最初は皆、ベールに身を包んでいた。隔たりがあった。それが「自分をさらけ出す」ポートレイトを通して、丸裸になって、秋組はまとまっていく。
太一のポートレイトのあと、閉じていく幕の向こう側の五人の姿は一つになった秋組だった。そして劇中劇へ。

舞台だと際立つこともあった。それは十座の存在が秋組に与えた影響の大きさ。十座の存在が差別化されているなあと感じました。
万里はもちろん、太一や臣くんが十座に感じていた負い目、左京さんにとっては"張り合わなくてはいけない高校生"であること、秋組における十座の位置づけが"生"になることで浮き彫りになった。

そして太一。今作のMVP。少なくとも、わたしの見た山口楽ではまちがいなくMVPでした。
わたしは舞台は"生々しさ"ありきだと思っています。呼吸やエネルギーの波を浴びたい。動きやセリフ、ストーリーだけならば舞台ではなくてもいい。物語を肌で感じる高揚感のためにチケット代を払っていると言ってもいいぐらい。だから客席ごと空気が変わる瞬間が好きだし、その力のある俳優が好きです。
そういう意味で、赤澤くんがほんとうにすっっっごかった。あの場にいるすべての人を惹きつけていた。これ以上語る言葉はない。


エーステラジオを聞く中で分かったことですが、このツイートは太一と臣くんのシーン~ポートレイトを指しているようです。
観客として感じたことが、どうやら舞台の上でも(時は違えど)起きていたようでなんだかうれしくなりました。
オープニングの太一パートで一気に目を奪われて、ポートレイトはとにかくすごくて、うん、やっぱり"MVP"って思います。
あとから同い年と知って軽いショックを受けました。同い年にこんなにすごい人がいると、果たして自分はどうだろうかと考えてしまいます。同時に、活力をもらう。そしてますます、いいなあ、いい俳優さんだなあって。こういう感覚に陥ったときはお金を積みたくて終演後にソロショを買うという行為に出るんですが山口では物販に行けずとりあえず有料FCに入っておきました。

臣くん。臣ママ。これはライビュのどでかいスクリーンで思ったんですが表情がやさしすぎて固まってしまいそうになる。すっっごい、包容力、すごい。
今回は臣くんのターンは短かったと感じたんですが、秋単独で深く掘り下げられるはずですね。異邦人、ですね。いやーーー楽しみです。秋単独あると信じて疑わないんですが、今回のこの人を見せられたら、異邦人舞台化がどれほどしんどいか、怖くなっちゃいます。

それから、左京さんが春夏公演での咲也の位置づけにいることにぐっっっときました。そうだよね、そう。そうだと分かっていても実際に見るとけっこうしんどい。
藤田玲さんと言えばメサイア白銀ノ章が印象的で、これを思うと秋単独での劇中劇任侠伝がめっっっちゃくちゃ楽しみです。
これは冗談めいた話ですが、今作初見時の感想が「左京さんにひたすら歌わせたい舞台」でした。
歳を重ねた大人である左京さんが、若い万里に対して見せる"静かな迫力"にもぐっときた。強く怒鳴るわけではなく、徐々に語気を強める言い方。リーダーを決めるシーンと退寮宣言のところが好きです。この二人の対比、中の人効果が出てるなあ、とか考えています。

万里については推しなので後ほど。

劇中劇「なんて素敵にピカレスク

かっっっっこいい!!!!
もう、ほんとに、かっこいい!!!
あの衣装、二次元でもすでに最高なのに、三次元になると輪郭や影、ひらみが強調されて、ほんとうに最高。

デューイが普段の臣くんとは打って変わって超かっこいい悪役で最高だったしランブロのステショ、最高すぎませんか…?
カポネと対立させるのもかっこよすぎて映えすぎてしんどかったですね。カポネ、あの座り方はずるいよ。マフィアのボス…
あとランスキーの顔がいちいち好きでした。超かっこいい。
そしてルチアーノとベンジャミンのシーンが、万里と太一だということもあってしんどさカンスト!って思います。
ベンジャミンの登場シーンではベッド上での動きの滑らかさに目を奪われました。舞台のベンジャミン、人間味が増していて、ものすごい"生"を感じた。病床に伏せているからこそ、余計に。
原作の劇中劇は原作のあのキャラクターたちありきで書かれているけれど、ステの劇中劇はステの生の彼らありきで書かれているのかな、と考えています。特にベンジャミンについて。

公演主題歌のランスキー「俺だけの」ルチアーノ「獲物」のところ、ずるすぎますねえ。ライビュで見たとき息が止まっちゃったよ。獲物になります。
あとやっぱり水江万里くんの高音がすきです。ルチアーノについてはひたすら、きれい…美しい……かっこいい……って感想しか出てこなくて語彙消失してるので語るのはやめます。

劇中劇カーテンコールも個性があっておもしろかった。万里がルチアーノを演じるときのお辞儀はあれだし、十座はランスキーだからではなくあのお辞儀をするのだろう、とか。


舞台版劇中劇「なんて素敵にピカレスク」、ビジュアルがつよすぎるアクション劇でした。

冬組、およびエーステについて思うこと

ファンタジー冬組。大人組。運命共同体

荒牧さんがすごい。とにかくすごい。ほんとうにすごくて、さすが……ただひたすらそう思いました。
紬は"うまい"設定に加えて"繊細さ"という質まで決められています。うまい設定の説得力だけではなく、パントマイムの達人に弟子入りしたほど突き詰められた細やかな演技、でなくてはならない。そういう意味で荒牧さんすごいなあって思いました。秋組劇中劇のあと、通路を歩いて出てくる紬を見た瞬間に紬がいる…!!って思ったんですよね。ゲームでは静止画しかないのに、紬の歩き方まで再現されてる!なんて思ってしまいました。あと稽古着立ち絵完コピしてる瞬間がありましたがもう少し見ていたかったな……たしかにずっとあの状態というのは現実的ではないですが……だってあまりにも立ち絵完コピ…

密くんのソロ、どうしてももののふシリーズの曲を思い出すんですよね。各セクション歌い終わりの繰り返し流れ落ちるようなメロディが、ああYuさんの曲だなあって。密くんソロではとくに感じました。ものすごく好きです。聴くだけで物語を思って感傷的になってしまうメロディ。
あと、第二部やる気満々の歌詞ですよね。密くんに関してはこれほど匂わせて千景が出てこないわけない!という気持ちでいっぱいです。そういえば第二部舞台化するときは春冬、夏秋で分けるんでしょうか…?

冬組劇中劇。
ウリエルが原作とだいぶ違うことに気づけなかった、という……弱い…(?)
そういうわけで冬組についてはあまり語れないんですが、劇中劇については思うことがあります。
おおむね最高でした。いや、秋推しということもあって深く見ていないから言えるんですが、終始最高でした。
ウリエルは、舞台のあのソロ曲を歌ったあの御影密ならああなるのかもしれない、と思いました。原作の密くんからはあのウリエルは出てこない。けれど舞台ならありえる。
後述しますが、舞台は原作に忠実であってほしいけれどコピーであればいいわけではない、舞台"ならでは"要素が好きだ、と思っています。ただ、それが脚本レベルで出ていいか否か、となると難しい問題。ウリエルについては、ここまでしか言えません。でも植田さんの御影密が演じるウリエルはたしかにわたしの心を揺さぶるものでした。つまり違和感なく自分の中にすっと入ってきたということ。

エーステは原作にはない言葉を多く取り込んでいる作品です。そうありながらも、ここまで完成度が高いのは逆にすごい。追加セリフや原作と違う演出ってリスクがあると思うんですが、彼らならたしかにそうであると飲み込めてしまう。セリフに限らず、これ原作そのままだ!と思ったものが舞台オリジナルということがままある。それは"役作り"が光っているからではないか、と思います。エーステに触れて一番よく思うことです。みんな、役作りがすごい!それは原作ファンの立場として、ひたすらにうれしいことだなあと思うのでした。

摂津万里

推し。髪色が明るくて生意気で健気さもある!みたいな子はもれなく推しなんですが、万里は自分の中でも3大推しに入るぐらい大好きなキャラクター。
表現者・摂津万里」に夢を見ていて、彼のSNSにはフォトジェニックを求めていた。彼が3次元に現れるというのなら、ビジュアルも演技もSNSもまさに摂津万里であってほしい、それ以外は許さない!ぐらいの気持ちでいた。でもそんなのは不可能だろうと思っていた。
ところが、実現した!あまりにも最高すぎるかたちで、3次元に存在した!
わたしは2.5次元では原作コピーは前提としても、ただそうであればいいとは思ってなくて、舞台だからこそのよさや舞台にしかない要素があってこそ深く楽しめると思っています。そういう意味でも舞台の万里はバランスがよかった。
本当に舞台出演2作目…?って何度も思わされる。オーディションで軽々と演技をこなす万里が「こういう人っているんだな」と綴に言われますが、水江くんに対しても思いました。いるもんですね。すごいなあ。ここからまだまだ伸びしろがあると思うと、楽しみでなりません。
というか、やっぱり。山口公演と大楽でけっこう変わっていた、と思う。
いくらわたし自身の中で摂津万里という推しに対する気持ちが一ヶ月の間に増幅したとは言え、引き込まれ方がずいぶんと違う。山口では一回しか観ていないし定点カメラしなかったのでどこがどうとかは言えないんですが、体感で分かる。生ではないライビュで山口よりもずっと揺さぶられたのだから、なおさらでしょう。分かるけれど言えないのがちょっとくやしい。自分のせいなんですけどね……悪癖のせいで一歩引きがち…作品に出会うまでが遠い……
山口でいちばん印象的だったのは「お前はどこの七尾太一なんだ」のくだりでした。休憩に入って、万里について最初に言及したのがこのシーンだったなと今になって思います。
大楽ではポートレイトで胸が苦しくなった。スクリーンでどアップという、表情や細かい動きが分かる状況ではありましたが、山口公演以上にいろんなものが伝わってきて。推しを捉えるための"再確認"ができてよかったです。再確認は、舞台化に求める意味の一つ。推しが推しである所以を自分自身の中で追体験できると、観てよかった、と思うのです。
太一のシーンは相変わらずよかった。いっそう"つよいやさしさ"みたいなものが増していたような気がするけれど、山口での記憶に自信がないのであまり言えません。心にどう響いたかは覚えているけれど、実際どうだったかというとやっぱりはっきり言えないですね…。

なんせ凱旋公演ではメイクが大幅に変わっているんですよね。アイシャドウが薄くなって二重のラインの中におさまるように入れられた。眉下のシャドウが小さくなりながらもはっきりして、二重の上のハイライトがくっきりしたことで、目元の印象が柔らかくなりました。
凱旋初日以降Twitterにあがる写真にいちいち驚いていました。透明感が出て、いちいちビジュアルが好きすぎて、凱旋のビジュアルが出てからエーステに対する、そして水江万里に対する、好き!!!!度が増した気がします…。

ポートレイト。
できる人間の切なさや孤独感がそこにあった。
なんでもできちゃうから自身の中につのる苦しみには気づけないけれど、なんだかもやっとして心が晴れない。そういう部分が、感じ取れた。
「退屈で無味乾燥な日常」に説得力があった。観ている方もつらくなる。
伏し目がちな表情もよかったなあ。あと寮を出ていくときの淡々とした口ぶりの複雑さがよかった。
決してそうではないと言いながらも「結果を知りたくなくて逃げている」ことを心のどこかで認めていて、認めたくなくて、でも分かっているのだろう、けれどやっぱりそうじゃないと心底思っている、ということが見て取れる。
摂津万里の抱えているものって、とんでもなく複雑というか、ぐるぐるしすぎて一体どこに思考をとめているのか分からなくなっている。周回し続ける人生だったのかな、なんて考えています。そしてそれが舞台でも表れていた、と思います。
ポートレイト後半をできたのも舞台だからこそできたことで、いいなあと思いました。後半のポートレイトで、万里の抱えていたものは一本の道となりシンプルになる。
「何でもいい。とにかくアツくなれるものを求めていた。この日俺は――」の盛り上がり方もよかった。会場の空気も釣られるようにしてアツくなっていく。あの最後にくいっと客席に向ける仕草と表情があんまりにも最高。好き。よかったね、万里。あーーー好き……万里のポートレイトを観ることができてよかったです。
うーーーん、水江万里のボーイフッド・コラージュ、見た過ぎますね。今回のポートレイトがあった上で、世界がほんとうはもっと広いのだとかすかな希望のようなものを見出したかつての彼の眼差し、見た過ぎます。

ポートレイトを経て。秋組リーダー・摂津万里のシーンとして最大の見どころは太一のポートレイト前後だと思います。
山口公演で初めてエーステを目にしたとき、万里に関して一番響いたのはここでした。
原作でも大好きな場面です。「なあ、ポートレイト、やろうぜ」という言葉の大切さは重たい。この言葉を丁寧に紡いでくれたのがただただうれしかった。秋組にとってのポートレイトとは何か、彼らがポートレイトを共有することの意味、このトリガーを万里が引くということ。秋組リーダー・摂津万里の真骨頂だと言っても過言ではない、このセリフ。聞いたところによると毎公演で変化していたようで、それだけ様々な試みがかけられているのだなと思って、やっぱり感慨深くなっちゃいました。そして、そのあとに続くセリフ。ここもやっぱり淡々と喋るんですよね。そういうところも万里だなあって思います。なのに一語一語に力がある、という点も含めて。
山口で一番印象に残っているのは「お前はどこの七尾太一なんだ」です。とにかく響いたし、揺さぶられたし、まあ語彙力などなくしているので「あのセリフすごくよかった~~!」と劇場でひたすら言っていました。それくらい、感じるものが大きかったのです。
リーダーの万里といえば、GOD座に負けてたまるか!とかみんなをまとめあげるところとか、そういったところで発せられる覇気のある声もよかった。基本的にはするっと流れるような喋り方をしていますが、声を張るときは張る。あの無垢さはポートレイト後だからこそ。

万里の役作り、なんかほんとうにすごい…って思います。うーん…語彙が来い!!佇まいとか喋り方とか、ものっっすごい万里。原作完コピではないのに。万里、生きてた。あれどうなってるの……わたしはひどく感動しています。推しが生きているんだもの。
それとガラの悪いヤンキーっぷりがすごい!ということ。本人にヤンキー要素はまったくないとパンフ中で語られていますが、舞台上では立ち振舞いも喋り方も突っかかり方もほんとうにヤンキー、わたしの好きになったヤンキー。しかも癖になるやつ。
あと、万里の口説きモード(原作の対監督ちゃんモード)が淡々としていて意外と抑え気味、静かに包み込むみたいなスタンスであるところが好きなんですが、そこもしっかり体現されててよかった。わたしが触れた中で一番そう思ったのは大楽の前アナです。口説きモードの喋り方が解釈ド一致!あれホーム画面ボイスにありそう。実装して。

劇中劇の「俺をアツくさせるのはやっぱりてめぇなんだな」は万里の言葉なのかルチアーノの言葉なのか分からなかった。エーステの劇中劇では照明の切り替えによってキャラクター本人の心情が示されるけれど、この言葉はその境界が曖昧だったなあと思った。このセリフを劇中劇で入れてくるの、エーステのずるいところですね…。

この記事を書きながら原作のメインストーリーをところどころ読み返しているんですが、万里に関してはあまり声は寄せられていないんですね。エーステは声を寄せるか寄せないかのスタンスが個々ではっきりしているのがいいところだなと思うんですが、万里はおそらく寄せない方向だと思います。喋り方も原作とは異なる、"舞台版"です。でもそこにいたのはたしかに摂津万里だった。これさっきも書いた気がするけれど。ともかく、そこにいる万里はそうやって喋るし、その声や喋り方が好き!!とさえ思います。声、きれいですよね……もう贔屓目だから分からないですけど、とにかく好きなものは好き!!って感じです。
声を寄せるかどうかは正直どちらでもいいと思っているんですが(寄せていたらそれはそれで感激する)、舞台ならではの抑揚とか声量はそこに生きている感じがして、2.5次元のいいところだなと思います。
あ、でも、至さんとのシーンは完コピ!って思いました。「ったるさん」が舞台で聞けて地味にうれしかった…。
原作そのままで、そのうえ表情という要素が加わるものだから、感動してしまう。これもまた2.5次元のいいところ。エーステはつくづく2.5次元の良さがあちらこちらに溢れているなあと感じます。


長々と書いてしまいました。自分でもびっくり……ほんとうに、自分でも驚くほどエーステが好きになったし三次元の万里にこんなに揺さぶられるとは思いませんでした。とは言え全然書ききった感じはしないですが。
山口公演直後は何もかもが最高で混乱して物販に行けないとかいう状態に陥ったんですが、あとあとビジュアル回収したくなって、ライビュ物販がんばりました。各種上限3枚の中でがんばりました。むしろその方が節約できるのでは?!とすら思いました。万里コンプ達成!わーい!出遅れたのによくやった!すごい!

そして三次元の万里に関して特に心配だったSNS。解禁時にその心配は吹っ飛びましたが、公演期間中にあがる写真がいちいち好きでほんとうに楽しかった。フォトジェニック~~!な写真もあってうれしかった。ありがたい。最高。
万里をやる人にはあまり長々とツイートしてほしくないと願っていたんですが、ツイートの仕方もとてもよかった。わたしの求めていたものと想定外の要素とが絶妙に合わさって、公演期間中ほんとうに楽しませてもらいました。原作ではありえないけれど、舞台の彼ならめっっっちゃ許す!みたいなこともあって、とにかく楽しかったです。万里ならこういう自撮りをするだろう、みたいな解釈ド一致の写真もありました。
SNS込みで水江万里について、あざとい、とふと思ったことがあります。この日本語の意味を正しく使ったうえで、全力で褒めている。監督を撃ち抜く流れるようなウインクとか、その類のいろんなものとか、いわゆるサービスショットとか、そういうもの。それが「分かって」やっていることなのか、結果的にこうなったのか、まるで分からないのですが。正直あまり見えないです。簡単には見えないのは正しくあるべき姿なのかもしれません。


いったいどのようにしてあの舞台の上の摂津万里がつくりあげられたのか、知りたいような知らなくていいような。ともあれ、これからが楽しみすぎるということです。

まとめ

A3!というコンテンツがいかに素晴らしいかを再確認させられた舞台でした。
それはこの舞台が3時間10分という短い時間の中で原作の魅力を魅力的に切り取ってくれたこと、本質まで突き詰められた役作り、そういったものがあったからこそ。リリース当時、メインストーリーを一気に読んで受けた衝撃を思い出しました。パンフの中で「追体験」という言葉が出てきます。エーステはまさに「追体験」できる舞台だったと思います。作品に対する自分自身の感情を。
春夏組、GOD座、裏方組もほんとうに最高で、思うことはいろいろとあるんですが割愛します。あれも書いてないしこれも書いてない!みたいな状態ですが、語りだしたら止まりません。
でも語り尽くしたいからマシュマロとお題箱にねだる!(?)
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わたしにとってエーステとの出会いは運命で、はじまったばかりです。またハッピーな作品に出会えたことに対する喜びを、今はただ大切に噛み締めています。

*1:ヘタミュに関しても、元々はそうでした。

マシュマロ返信

うれしいな、うれしいな。
いや~~うれしいですね、マシュマロ。ふふふ。
おいしいです。ありがとうございます。

マシュマロってもともとそういう仕組みだと思っているのでこちらで晒して返信しちゃいます。
だめだったらごめんなさい、記事を下げるのでまた連絡ください。

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ありがとうございます!!うれしい!!うれしい!!!って言いたいがために返信記事を書いていると言っても過言ではない!
整理整頓は、それだけでいい気分になれますね。
心がきれいになると言いますが、ほんとうにそうだと思います。
更新がんばります。読んでいただいてありがとうございました。


このマシュマロをいただいてうれしかったのは、わたしの書いた記事を読んだ誰かが何かしら動かされているということです。自分の預かり知らぬところで文章を読まれるというのはとてもうれしいことです。それで刺激を受けてくださる方がいるなら、なおさら。
身内だけではないんだなあ、って。身内、というかわたしの認識している読者さんもいつもありがとうございます。

舞台オタクの感想置き場として始めた当ブログですが、見ての通りジャンルごった煮ブログになってきました。
考えをまとめる場所、表現する場所としての役割が今は大きいです。
それでも相変わらず好きだって言ってくれる方もいて、うれしい限りです。
その場の勢いで語りがちですが、たぶん一貫性はそれなりにあるのでしょう。

マシュマロはいつでも受け付けています。待ってます。
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