壺の中の泉

きらめきたい

きらめく大人の、はじめの一歩

ずっと、21歳で止まりたいと思っていた。
高校生の頃からかな。
20歳では若すぎるし、22歳ではもう大人になってしまう感じがしたんです。永遠に21歳でいたいって、いつからか思うようになっていました。

そして今日。
22歳になりました。
普段は、誕生日だからってかしこまって文章を書くことはなかったのだけど。永遠でいたかった21歳を過ぎたことで、区切りをつけたくて。自分にとっても節目だからちゃんとスタートを切ろうと思いました。

というのは表面的な言い分で、なんかね、うれしかったんですよね。好きなものやひとがたくさんあることのしあわせを実感しちゃって。

FCのような有料コンテンツに登録していると、誕生日にメッセージが届きます。
今朝、いつもは事務的に使うGmailの受信ボックスにおめでとうメールがどんどん届いていました。この時点ですごい気分が上がった。
限定メディアを開いて、推し各位の最高なビジュアルを堪能して、あーー誕生日っていいな。好きなものがたくさんあってよかったな。と思ったのです。

性根がかまってちゃんなので、おめでとうって言われるのがめちゃめちゃうれしいんですね。
TwitterやLINEでメッセージくれた方ありがとうございました。うれしくてニコニコしながらスクショを撮りました。えへへ。

もっとわがままに生きようかな。
ハッピーに生きるわたしを好きでいてくれる人、たくさんいるんだもの。へりくだりすぎというか、相手本位になりすぎなきらいがあるので、も〜〜ちょっと自分のハッピーを前に出してもいいかな、と。ここ最近で考えていたことです。


昔は。若さを言い訳にして引くことができていました。
インターネットで仲良くなるのは歳上の方が多かった。何度かオフ会というものをした。
敬語を意識して、失礼のないように。わたしはずいぶんと歳下だから。
いいように聞こえて、壁を張っていただけなんですよね。
じっさい、そのスタンスは年齢なんて関係なかったと思います。何ならインターネットもリアルも関係なかった。
でも、もうそれが通用しない年齢だなあって。
このままだとわたし、歳下だからって永遠に壁を張ったままになっちゃう。歳を重ねるからこそはしゃいでやろうって思います。

生意気だけど先輩に好かれる後輩っているじゃないですか。ああなりたい。まじめに相手本位になることだけがよいコミュニケーションとは限らないって最近ようやく思うようになりました。きっかけもちゃんとあります。

つまり。生意気になりたいわけではなく。自己主張をちゃんとして、ちょっと偏りがちなぐらいで。はしゃぎます。はしゃぐぞ。それが魅力的だ。

誕生日は自分の年齢を自覚することでしゃんと背筋を伸ばして在り方を見直すいい機会です。22歳って、”輝く大人”になれる年齢なんですよね。21だとまだなんだか若い。いや、22も若いのだけど、”大人”ってようやく言えるから。
わたしはついに”輝く大人”になる資格を手に入れたのです。
だから、いろんなものを兼ね備えたい。
昔から文章が好きって言ってもらえる。わたしのいいところだ。伸ばしていきたいな。
それにつよく生きる姿勢。いくらでも武器になる。
なんだろうな、”活動する”大人になりたい。何かを生み出して、誰かに与えられる。

ちょっとはわがままになって、はしゃいで、きらめく大人になります。
22歳の抱負です。ああ、楽しくなってきた!