古びた壁

脈絡なんてものは知らない

目の前で起きた悲劇は、わたしの世界にとっては異物だった――PARCO STAGE『人間風車』

 福岡市民会館にはさまざまな思考の記憶が刻まれていくな、と思いました。*1舞台「人間風車」のお話です。ネタバレしています。
www.parco-play.com

 わたしはホラーやグロが苦手です。レンタルショップのホラー映画ゾーン、通りたくないです。そんなわたしでも「人間風車」はお目当てのキャストが何人かいたことと、"せっかく福岡に来てくれるんだから"という気持ちで5割くらいは義務感でチケットを取りました。好きな俳優が地元に来ると内容気にせずにチケット取っちゃうよね!罠だよね!セールで"お得"な商品を自分にとって今必要かよく考えずにうっかり買っちゃうのと一緒です。セールと違い、観劇は決して後悔を伴わないのですが。……と思ってたんですけど、ね!!

 「観なきゃよかったと思ってもらいたい」

 誰がどこで仰っていたのか忘れましたが*2、事前に読んだ関連記事の中で最も印象に残っている言葉です。
 たしかに、観なきゃよかった。観なければ、思い出して気分がわるくなることなんてなかった。でも観なかったら、この作品を知ることはなくて、知らない自分を想像すると、もったいないような、怖いような、不思議な気分です。もうこの作品を知ってる自分以外の自分は信用できない気がします。結果的に言えば、「人間風車」はセールで買ったお得な商品の中でも、自分の口に合わないものであり、けれどその存在を知ることができたり無駄な買い物ではなかったかなあと思います。
 わたしは自分の思考圏内でしか語ることができなくて、おそらく触れたそれが凄まじくあるほど、何を述べればいいのか分からなくなります。でも、この「人間風車」というひとつの作品を自分なりに語ってみたい!そう思いました。
 でもやっぱり思い出すと気分がわるくなるので簡潔に終わらせます。

あらすじ

 語るために一応書こうと思ったけれど思い出すのに気力がいるから、詳しく書いてくださってるエントリを勝手に引用します。(すみません!)

aooaao.hatenablog.com
ramo-mu.hatenablog.com

 「人間風車」は様々な感情を客席に巻き起こしているんだなあとも思いました。

雑感

 人間って怖いな、こういうところあるよな、救いがない…といった感想を捻り出そうとしたけれどやめました。わたしはこの作品から"人間"を受け取ることができませんでした。悲劇を観ることに向いていないのかもしれません。

 人の見たくないところを見せる、という言葉も事前に様々なインタビュー記事を読む中でよく見かけました。たしかにその通り。人間の負の部分が多く描かれていて、それを具現化したような人間も登場する。
 でも、わたしは楽観的な生き方をしたいしハッピーに生きたい。だから人間ってそんなに嫌なところばかりじゃないんだよっていう世界を自分の周りに築きたいし、人の嫌なところを見つけてわーわーするのは苦手だから近寄らない。要するに自分にとって都合のいい世界で生きようとしていて、それがわたしのいいところであり悪いところでもあると思っています。ずっとこのスタンスで生きていきたいけどね!
 だからこの「人間風車」という作品に対してある種の気持ち悪さを感じるし、考えさせられない。キャラクターが二次元的な徹底したフィクションだったり古典劇ならともかく、現実に刺さるような悲劇を観ることがそもそも向いていないなあって思います。(思えば古典劇である「フェードル」*3を観たときも中身や本質に踏み込んだ感想は思い浮かばなかった)

 悲劇から何かを得ることができなくて、向いていない。正確に言えばこの「人間風車」という作品を噛み砕くことがわたしにはできません。悲劇すべてを理解し得ないと断定するにはまだ早いです。

…と言いつつ思ったことは

 まずサムの存在。物語の根本…というか枠組みを否定しかねないのですが、サムが抱えているような"障害"を物語のネタにされていることに解釈違いを感じました。簡単にネタにしてほしくない、とはやや違うけれど……わたし自身一生治ることのない病気と一緒に生きてきて、そういった部分に敏感になってしまっています。当事者のことは理解なんてできないのにね。*4細かいことに敏感になりすぎだよって言われたこともありますが、敏感になったって許されてほしいです。最近は世間が何に対しても敏感で生きづらくなったとも言われたことがありますが、誰もが生きやすいということと何でもやっていいことは違うのかな~~って。まあエゴなんですけどね!!わたしも言いたいことは何も考えずに言いたいように言うから!!あとわたしもうっかり「ネタにして」しまうことがあるので気をつけようと思いました。
 でもほんとうにサムにその設定つける必要あった??って思います。歪んだ性格してるから、そんなの物語のキーに好き勝手利用されてるだけじゃん…とか思ってしまいます。ファンタジックホラーなんだからそこは現実味を持たせなくても辻褄が合うような別の何かにすればいいのに……などと思っているけれど私怨なのでやめます!解散!
 念のため言及しておくと「幸福な職場」という舞台については恐る恐る触れたところ、わたしは受け入れることができました。全く扱うなというわけではなく、扱い方の問題なのかなあ。

 ここで言う「解釈違い」とは「根本的な考え方の相違」ですが、そういった作品に触れることもたまには必要な気がしてきました。自分に合うものばかりを摂取していても、無意識につまらない日々を送ることになるんじゃないか…って。自分にとって都合の良い世界をつくりながら、そんなことを考えています。哲学ですね!(?)

 内容の感想というより、作品を観たことによる自分自身への影響の確認になってしまいました。
 

おたく的最高ポイント

 救いのないホラグロ悲劇でも最高だった点、いくつかあります。

 まず矢崎さん演じる小杉が絵に描いたような一昔前のクズ男だったこと。殺される描写すらされないんですよ!笑
 スタッズの装飾がついた黒レザーっぽいヒールの靴を履いた、細身のGパンの後ろポケットに赤い財布を入れる男。*5まさに、ですよね。あるミュージシャン・Aと女を取り合っていて、Aがクスリをやっているのを盗撮して知り合いの刑事(=山際)に動画を渡すことで、女を自分のものにしようとするんです。まさに、ですよね。
 矢崎さんを生で観るのは初めてでした。初めてがこの小杉という役だったのは…どうなんでしょうか。笑 でもすごいなあって、改めて思いました。舞台上での存在がTVディレクターって感じで、オーラまでもが絵に描いたようなクズで、最高でした。殺される描写がなかったのは、どうしようもないクズにそんな必要はないというあれなのか知りませんが、観たかったです。こういうタイプの人間って死に際は怯えながら許しを請い恐怖に煽られるんです。知ってます。矢崎さんのそういう演技が観たかったなー!ホラグロ嫌いだけど!

 そして良知さんの顔と声が好きだなあと思わされました。
 初日後TLに流れてきた劇中写真を観て、(なんか顔がいい人がいる……誰…)って思いながらよく見たら良知さんでした。一瞬のできごとでしたが自分で笑いました。
 良知さんの歌が好きだってソルシエ初演で思って、ブラメリを観て改めて歌声が好きだなあってしみじみ思って、今回のストプレで、声も好き!って思いました。わたしさん、顔と声がいい男性が好きだよね……
 国尾は大人が子供に読ませたい話を書く新進気鋭の人気童話作家。なのに平川のものすごい話を読んで、"盗作"してしまう。ほんの出来心だったのだと思う。小杉に何か吹き込まれたのかもしれない。国尾もどうしようもない人間だったのだ。そんなどうしようもない人間を良知さんが演じられていて(でも顔はよくて)、なんだか不思議な気持ちです。とりあえず好きだなって思いました。良知さんを観ると(好き・・・)以外の気持ちが沸かないです。

 矢崎さんと良知さんは、平川が語る童話の中でよくセットの役を演じられていました。(最高!)とくに冒頭すぐのケリーとケビンのお話では大層ビジュアルがよくて最高だったなあ、と。長髪ブロンドヘアの良知さんがいきなり出てくるなんて聞いてなくて超テンション上がりました…前半は本当にそういうことばかりでした。だからこそ後半がエグかったのかな。

 それからFC先行ありがとうございましたの松田さん。則明(小5)役でした。やんちゃな少年がしぬほど似合う。あとキャップを被り直すのがプロってる。慣れてんなーーって思いながら見てました。笑
 今回はあまり感動を得られなかった(やはり物語の主軸で透明感を撒き散らしている彼がいちばん好きで夢見てるから)ので感想を述べるのが難しいです。何を求めてるんだろう…笑
 えぐいので後述しますが、最期のシーンが一番印象に残っています。

 そしてパパ!則明パパ!さいこ~~です!ミステリ小説に出てきそうな刑事!おじさま好きの注目を集めそうなパパ!というかわたしがすき!
 波乱の人生を送ってきたらしいベテラン刑事(よくあるよね)です。渋くて、かっこいい。今とてもがんばって言葉にしようと試みているけれど、できません。あの独特の重み、どう表現すればいいのでしょう。
 作品の核となるセリフを口にする人って、主演級の重要性があると思うのですが(伝わってほしい)、則明パパが今回のそれでした。それだけで察してほしいけど全部は伝わらない…もどかしい……わたしにもっと伝える力があれば…!
 そんな則明パパを演じられている堀部さんはフェードル以来2回目でしたが、今回はより知れたかなあって思います。分かりやすかったのかも。則明パパ、最高でした。
 則明パパってずっと言っていますが、山際って名前です。あらすじを事前に読んで則明パパってことを知って観たので最初から(パパ~~~!)ってなっていましたが、劇中では「妻が帰ってくるんです。息子が死ななきゃ妻は帰ってこないですよ」(※ニュアンス)と平川に対してのたったの一言でしか表現されていません。ずっと"山際刑事"なんです。則明の父親ということが知れたら捜査に参加できなくなるから隠してるんですって。ね?すごいでしょう?(?)

やばかった点

 ホラグロがほんのちょっとでも苦手な人は読み飛ばしてください!!

 嫌ならわざわざ書くんじゃないよって感じですが目撃したことについて吐き出さなくてはずっと心に留まり続けるので書きます。

 後半、やばかったんですよね。平川の童話=復讐劇がサムによって実行されていく様子がありのまま描かれていました。
 小杉は描かれなかったけど!でも小杉のぐっちゃぐちゃにされた顔をある食べものに例えられていたせいで、ちょっとその食べもののことあんまり見たくないですね!いやでも思い出しそう!

 一回しか観れないのであらすじを事前に読んでおいたんです。だから則明の最期のシーンは、そろそろだ…!って分かったので必死で観ていました。まあ多少目を逸らしたけど…(ホラグロはほんとうに苦手だから)
 殺される恐怖に震える子供の怯える姿、殺される瞬間…いえ、最中の悲鳴。それらが目の前にあり、肉声が聞こえ、生々しかった。松田さんのシーンは、そこに一番感動しちゃった。最期のちいさな悲鳴、あれマイク入ってたのかな?マイクを通した音は後ろから聞こえていたから、全編通して肉声の方が耳に届いていたと思います。いやーー生々しかったです。そのまま聞こえるんだもん。

 それからわたし、良知さんの顔がすごく好きなんですよね。あのね、好きな顔に大量のゴキブリがぶちこまれるのを観る経験はもう二度とないと思います。そして散らかったゴキブリの残骸が拾われずに終演までずっと目の前にあったのも、かなり嫌でした。

 うーーーーん、なんか視覚的にもヤバイけど精神的にじわじわヤバイ、です。"お話"として一度単なる声で聞かされたえぐいそれを、今度は"行動"で見せられる。つまり2回も!思い出して振り返ることをあまりしたくない作品だなあとつくづく思います。

目の前で観たよ

 今回ありがたいことに最前どセンターだったんですけど、リアクションが筒抜けだ!って思いました。
 笑ったり怯えたり、そういうリアクションがもろに見えてしまう。そんな状態での観劇は、前半はちょっと気にしながらだったんですが、後半の怒涛の展開ではもう引き込まれてヒエッ…てなるのを抑えきれませんでした。
 あと山際刑事がサムに引き金を引くんですが、その銃声にいちいちビクってなってました。笑 

 最前の感想は、目の前でホラグロ悲劇が繰り広げられるのをなんの遮りもなく観れたのはいっそ最高だったなあってことです。これに尽きます。

劇場を去って、

 観劇直後は「目の前にヤツ(=ゴキブリ)がいるよ!やばくない?!むり!」とか「良知さんの顔と声が好きだ…」とか「典型的なクズ男(小杉)最高…」とかわりと中身の薄いことばかり喚いていましたが、思考から逃避していたのかな。数日経って、今じわじわと精神を抉られています。こんなに気力削られる舞台を観たのは初めてかも(そりゃそうだ)
 サムを不死身のビルから取り戻すために平川が語った幸せと残酷が一緒くたになった"お話"のことをもっと考えてみたい気がするし、話の元ネタ(ほとんどがプロレスらしい)についても知りたいような気もします。でも「人間風車」について考えるのは負の方向に気力を削られるので、積極的にはやりたくないです。笑
 この作品とは、前提が解釈違いだなあと思ったし、わざわざ向かい合いたくない。でもそういった自分の世界にとっての"異物"にたまには触れてみることもたまには必要かもしれないな、と思いました。それでこそ、より豊かになれるのかなあって。数ヶ月後、一年後ぐらいにまた機会があってその気になれば、観て、考えてみたいと思います。

*1:前回の市民会館での観劇:ミュージカル「ブラックメリーポピンズ」

*2:えんぶの加藤さんと松田さんの記事か、演出の河原さんのインタビューのどちらか…

*3:2015年12月に上演された悲劇

*4:病気の種類、病歴、置かれている状況は人それぞれだから障害を抱える人のことをわたしに理解できるはずがないと思っています。

*5:わたしは財布をパンツの後ろポケットに突っ込んでいる男性に偏見があります。スられても文句言えないよ?!