古びた壁

脈絡なんてものは知らない

メサイア外伝-極夜 Polar night-を観た

 観ました。
 
messiah-project.com


※以下ネタバレ



 もう観たくないです。前売り券4枚持ってるんですけど残り3枚は半券切るつもりないです。月曜日から大事な予定が始まるので、時間もないですし。

 脚本、恨むよ……??!

 こんな事態を想定していなかった自分もどうかと思うんです。だってメサイアだから。
 いい意味で、もう観たくない。
 三栖さんと周に対して自分はこんなにも救いを求めていたのだな、と観終わったあと思いました。

 極夜の、三栖と周の結末は、"究極の平等など存在しない"なんだな、と。もしくは彼らの謳っていた"究極の平等"が裏返って、そして始まったのかなと思いました。終わりで始まりの物語とはそういうことなんですね。

 三栖さんは死んだ。今生きている目の前の多くの人々の命と未来の世の中を天秤にかけて、目の前の人々の命を選んで死んだ。いつの日か、誰かが言っていました。世界をよくするためには少なからず犠牲が必要だ、と。
 三栖はそんな犠牲を自分の命と引き換えに救って、ずっと掲げてきた究極の平等を周に託した。
 三栖がその選択をできたのは周がいたからだと思います。自分がこの世から消えてもう二度と革命ができなくてもそれを継いでくれると信じることができる相手がいるから。

 でもその相手は、周は。どうするつもりなんでしょうね。メサイアという世界の余白のひとつですよね。メサイアはつくづくとんでもない余白を残して物語を締め去っていくなあと思います。もうほんとに、恨みますよ(笑)
 周家に戻って、金と権力とコネを手に入れて、どうするつもりなんでしょうか。
 三栖の家族を奪った事件に関わっていた"周中央病院"のトップに立ったようですが、世界に復讐するつもりなんでしょうか。三栖を奪ったこの世界に。(……とここまで考えてすごいデジャヴ…!と思ったんですけれど間宮星廉ですね!)
 三栖が掲げた誰もが幸せな究極の平等に周は着いて行ったけれど、三栖の死をきっかけに周が背負った究極の平等は裏返ったのではないかなと思います。

 極夜は冒頭から三栖と周の間に信頼関係がおそろしいほどに成立しています。「互いの過去を知らないと成立しないような薄っぺらい関係じゃない」と周はサクラに対して言いました。それに第三者に対してお互いのことを信用できる人間だ、と称します。
 そんな三栖と周の最後の物語が極夜でした。そんな二人が、どうしてこうなってしまったのでしょうか。恨むべきは世界ですかね?平和なんてものは来ないのだと思い知らされました。メサイアという世界は終わらない気がします。終わるときは5係が解体するとき以外あり得ません、きっと。

 メサイアは生半可な世界ではないのだとしみじみ思います。フィクションだからという理由で奇跡が起こる作品は多いと思います。世の中に存在する物語の多くがそうだと思います。でもメサイアはそんなことない。甘くない。人は死ぬ。
 救いのない世界に耐性があるならばメサイアを楽しめると思います。わたしはそんなことを知らずにメサイアという作品に軽率に飛び込んでしまいました。もう戻れないです。翡翠を引きずっているのでそろそろハピエンをくれ、と思いますが悠久にハピエンは期待しません!(ここでいうハピエンとは翡翠のようなものです。)


 最後まで期待していたんですよ。周が振り返ったら三栖さんが「なんてザマしてんだよ、クソが」なんて言って笑っている姿を。エンドロールの後に三栖さんのいない世界を生きる周の姿が映って、そしてスクリーンが真っ黒になってその左下に「映倫」の白い文字を見たときが一番絶望を感じた瞬間かもしれません。

 帰りのバスの車窓から結婚式場のイルミネーションが見えて、幸せな世界だな……って思って世界を恨みたくなりました。
 生まれた家と育て方でその人の運命が決まる、というようなことを周が言いますが本当にその通りだと思います。だってメサイアの世界にも幸せに暮らしている人間がいる。あの世界でも恋愛映画は上映されている。メサイアという作品で描かれる人間達は、そういう運命を辿るしかない者達なんだなあって。そう考えるとこの作品から逃げずに追い続けたいなと思うのでした。


▼周家とは?
 暁乃刻のグエンくんは極夜を経ていると思うと見方が変わってきます。三栖の最期を知っている人間、最期の生き様を見せつけられた人間だった。三栖と周の結末を嫌というほどに見せつけられている人間なんだなあって。
 周家の血統に才はないようです。才があるのは堤の血統。周の義父はきっと努力の人間なのでしょう。だからグエンくんに言い放った、「お前は餌を待つ犬だ」「周家の人間なら努力しろ」は深い言葉だなと思います。
 暁で志倉さんがグエンくんに「血は争えないか」と言いましたが、周の義父、周晃三郎って一体何者なのかよく分からなくなりました。周を通してしか認識していなかったのが、それが全てではないと思い知らされました。
 周家、好きですね……なんというかおたく心としてめちゃめちゃ好きですね。グエンくん頑張ってほしい。あまり考えたくないけれど周のその後を考えてもやっぱり周家の歩む道がおたく心に触ります。


▼鋼ノ章は終わっていなかった
 間宮の幽霊と有賀が出会い話すことになるなんて思いませんでした。は???ってなりそうな反面、この出来事がなければ有賀は悠久を迎えられない気がします。でもいつきくんは鋭いから、暁であんな風だったのかな。極夜があって暁があって、初めて有賀と加々美は悠久へと行けるのだと思います。

 間宮の胃の中から見つかった間宮レポート。チャーチがすべて回収すると知って、チャーチを裏切って有賀と対峙して死ぬと知って、そうしたのだとしたら、なんだかすっっっごくモヤモヤします。でも間宮は使い捨ての駒だったんですよね。そもそも心はどこにも属さないのが間宮星廉だった。モヤモヤするけれど、どうしようもない。
 でもチャーチの礼拝堂で間宮がバイオリンを弾いていたということは、そういうことなのでしょう。きっと有賀と加々美の卒業ミッションも見守っているはず。それならばやっぱり有賀と加々美には幸せになってほしいですね…!!!!!(大声)

 それと御池万夜について急激に興味深くなりました。幽霊が見える、というか幽霊を呼び出せる、引き寄せられる、と言った方がいいのかな。間宮の幽霊が奏でるバイオリンの音色に誘われて礼拝堂で間宮を見つけた。
 間宮の幽霊はそんな万夜様に接触して、おそらく有賀に会いたいと言ったんでしょう。間宮は万夜様にしか呼び出せないから、だから万夜様が礼拝堂に有賀を呼び出した。万夜様、優しいじゃん………と思いました(小並)。
 
 いつきの声に心を向けた途端間宮が見えなくなって、間宮を呼び出していた万夜様の葉(?)が消え落ちた。
 有賀さんの「あの時、確かにお前は俺のメサイアだった」という言葉には、今、有賀のメサイアは加々美いつきであるという心の中の揺らがない事実が含まれているのかな、なんて思います。だって、「でも今は――」って続くんですもん。

 いつきが有賀さんがおかしい、変な匂いがした…って、なんて発言をしているんだ、って気持ちです。間宮の存在を感知できるのでしょうか?加々美いつきの嗅覚のシステムが知りたいです(?)
 極夜のいつきがあまりにも救いの存在すぎてびっくりしています。あなたのその明るい声が救いだよ…………悠久こわ!!!
 

▼暁乃刻は始まっていた
 悠里春斗の名前が北への違法渡航者のリストに載っていた、と間宮レポートにあったそうで。やっぱり海に流されて死んだわけじゃない…!!!!!とまず思いました。
 間宮レポートの解析をしていた淮斗はそれを見て、春斗を追ったのだと護は思い込み北へ行こうとする。でも実際はそうではなかった。
 淮斗はほんとうにほんとうに成長したのだな………と。護が淮斗を追ってチャーチを脱走して、一嶋さんが「誰かのメサイアである以前に一人のサクラであることをもっと教えておくべきでした」と言いましたが、淮斗は護のメサイアであり一人のサクラであることをちゃんと認識していたんだなあ成長したなあ………と。
 護の方が重症だ。テンプレ展開だけれど、そうなるのも当然ですよね。相手の人格を認めない云々って話を新入生がし始めた時、お?んん…?!ってちょっと置いて行かれそうになりました。


▼珀と鋭利
 オープニングのキャストクレジットであの二人のお名前が並んで映ったとき感慨深くなりました。
 鋭利の登場シーンがめちゃめちゃかわいくてほっこりしました。珀と鋭利って最強に最強だなあ(?)
 死なないジンクスを抱えているメサイアだから可能なのでしょうか。こんな救いのない世界で、この二人だけはすべてをねじ伏せて奇跡を起こす力がある。お互いを生きる理由にしよう、と卒業した彼らだから。
 それにしてもキャストクレジットを見るたびにメサイアの伝説枠だ……と思ってなんとも言えない気持ちになります。


メサイアって
 漆黒で出てきた爆破事件から影青から出てきた製薬会社…などを始め、シリーズを最初から最後まで思い返すようなフレーズがちょいちょい出てきて、ああいいなあ、なんて思います。春斗の名前が出てきたときもそう思いました。同時に三栖と周の最後の物語であることを強調しているようにも感じます。
 ほんとうにほんとうにもう観たくない。終わったあと今までにないくらい震えが止まらなくてびっくりした。何度も観ればそれなりに得るものもあるのでしょうが、スクリーンではもう観たくないですね。おそらく褒め言葉です。いい作品でした。メサイアってすごい。メサイアって美しい。メサイアっていう儚く救いのない物語のスピンオフ作品を、三栖と周の最後の物語を見届けることができてよかったと心の底から思っています。