古びた壁

脈絡なんてものは知らない

「男水!」から知る松田凌という役者の”救済感”について

 実力のある舞台俳優を地上波に――という「男水!」という作品についてのくだりはもはやめんどくさくなってきたので省略します。もうみんな聞き飽きたでしょ?!わたしは聞き飽きました。
 男水に触れるきっかけは主人公榊秀平を演じた松田凌くんでした。なので「男水!」についてぐるぐる考えた結果は、彼はすごいな(定型文)といういつも通りのオチでした。そして今回はそれだけではなく新たな概念(?)を見つけたので、ぐるぐる考えたツイートのコピペを中心に改めてまとめたいと思います。


 男水はドラマも舞台も決して一貫して"楽しいものではない"というのがわたしなりの解釈で答えでした。楽しいだけではないのは絶対事実だと信じ切っています。
 泳げるのに本気で泳がない戦わない、に対する亮也さんの怒鳴り声、苛々は決して楽しいものではないです。そう思わせるちゃんともさんはたしかに最高でした。そういうものだと割り切らなきゃいけないのでは?とわたしは結構前から気付いていた、気がします。そんな中でもやっっぱり秀平は救いの光ですよね(贔屓目)。
 舞台「男水!」の構成としては、亮也さんや礼央のイラつきが物語の前半では比重が大きくて見てる方もモヤモヤして、東が丘のメンバーが何がだめなのかに気付き変わっていくことで後半はだんだん熱が上がって楽しくなってくるように感じました。全編通して、迷い、壁、ひらめき、そしててっぺんだけを目指す……そのさまを体現していたのが主人公の秀平だったように思います。秀平は物語の中でひとつの道のような、まとめ役だったのかもしれません。そのあたりはまだ解釈しきれていませんが。

 ところでみんな大好き龍峰(わたしも大好きです)は秀平にも大樹にも約束を破られてひとりぼっちになった礼央の居場所でした。一方東が丘は。秀平と大樹が東が丘を選んだことは結果的に正解だったかと言うと正解ではないように思います。
 ただ原田が秀平に出会えたことは秀平が東が丘を選んだ意味を証明できるような気がします。原田は東が丘に来て秀平先輩に出会って彼の泳ぎを見てスタイルワンを決めました。ドラマも舞台も、このシーンがほんとうに好きです。凌くんの秀平が救いの光なら、神永くんの原田は救いの在処だと思います(むりやり)。どちらも"救い"であるのにぶつからずに存在できるのは、そもそもベクトルが違うということとか先輩と後輩であることとかいろいろありますが、なによりこの原田がスタイルワンを決めたと秀平に告げるシーンのおかげだと思います。

 そして秀平の礼央だけが約束を守ってきたんだよ」はすごく腑に落ちるセリフだし秀平は必ず答えを見つける救いの光なんですね。ドラマの時からずっとずっと思っているからわたしの中ではぶれません、秀平はやっぱり救いの光です。


 なにものにもなりきれない感じ、どこにでもいそうでどこにでもいない感じ、思春期の弱さやつい逃げてしまうところがとても表現されているなあと感じました。そして凌くんがやるからこその絶妙な透明感、救済感が加算されている、と。

 榊秀平というキャラクターを通して考えたところ、凌くんが演じると救済感が生まれる、とハッとしました。
 救済感ってなんだよって感じですね。わたしもよくわかりません。でも読んで字のごとくです。そのまんまです。
 たとえば思い返してみると、メサイアもKも、そんな気がします。舞台の上で凌くんが喋ると世界が震えるような気すらします。影響力があるひとだな、というのはしみじみ感じていたことなので、そこに通ずるのかも。
 ただ「男水!」ではそれが色濃く現れていたのかなあ、って。兎にも角にも、彼のお芝居に救済感という言葉がなんだかしっくりきたなというだけの話です。